日本住宅公団の発足が昭和三十年で、翌三十一年から入居が始まりますが、そのときに登場したのが2DKでした。二つの寝室とダイニングキッチンを組み合わせたもので、面積にして四〇平方メートルほどです。以来、この間取りが一つの目安になり、住宅会社もこれにならった一戸建てをつくるようになりました。2DKが新しい住宅のスタイルとして広がったのです。この2DKというきわめて限られた面積のなかで、重要な鍵を握っていたのか「プライバシーの確保」でした。この考え方は、戦後になってドッとなだれ込んできたアメリカ的価値観にあることはいうまでもありません。具体的には、四〇平方メートルという狭い空間で、「寝食分離」「就寝分離」をいかに実現するかということです。寝るところと食事するところ、さらには寝室も親と子で分ける。つまり部屋を機能別に区分けしようとしたのです。戦前の日本の家は、一つの部屋が何役も兼ねていました。私にも記憶がありますが、四畳半か六畳の部屋にちゃぶ台を置けば食堂になったし、ちゃぶ台を片づけると客間に、さらに布団を敷くと寝室に早変わりしたものです。勉強するのもちゃぶ台という家庭も少なくなかったと思います。かつての日本は、一つの部屋がいくつもの使用目的を持っており。ましてや子供が子供部屋を持つなどというのは例外中の例外でした。戦前から戦後しばらくにかけての住宅は、いってみれば「川の字型」に部屋がつくられ、その境目は障子と襖で仕切られているのが一般的でした。私も子供の頃、受験勉強中の兄弟の邪魔をしないように。薄い襖ごしに人の気配を感じながら息を殺したものです。そこにあったのは「人のプライバシーを侵すまいとする配慮」でした。ある意味で、それは日本的な貧しさの現れだったのかもしれません。しかし、人間の成長という点でそれは有効でした。
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